花夢― 春の章 3 ―
いくつもの、春を抜けて、夏を追い越し、実りの秋に、心閉ざす冬。
そして、また、めぐり来る・・・春。
幾つもの季節が巡っても、長い年月を過ごしても、
もう二度と、儚来(はかなき)の姿を見ることはなかった。
あれから、どのくらい経ったのだろう・・・。
「眠り続けた、魔女も、もう目覚めたと聞いた。」
「なのに・・・」 「このわたしといえば、こんなに長く、カガミ湖のほとりに立っている。」 「儚来(はかなき)のように、話をしてくれるモノもいない。」 「見てごらん。」 「ピンク色の花も、今では薄墨色に変わり、節々にはモスが宿り、」 「あの頃の面影もない。」 「菜の花は、今でも、足もとで咲き競い、あの頃と変わらぬ美しさを保つ。」
「あの頃のわたしに、もっと、慎み深さがあったなら。」 「もっと、謙虚でいられたら・・・。」 「いまさら言っても、詮無いこと・・・。」
「あ、ああ・・・。」
どのくらい、嘆いていただろう。 その間にも、菜の花は移り変わり、さくらは年をとっていった。
もう、自分を誇れるものが、何も無くなってしまったかのようで・・・。 春が来ても、咲く花の数は、どんどんと減り続けた。
呆けたような、眠ったような、己の殻に篭ったような・・・、そんな日々。 突然、小さな声が聞こえた。
ふと、我に返った老木は、ゆっくりと、辺りを見回す。
輝く緑の中で Photo by Country
「おや、お嬢ちゃん。」 「わたしと、お話しが出来るのかい。」 「うれしいねぇ。菜の花さんとのおしゃべりは、何百年ぶりだろう・・・。」 「その昔ね・・・」
「おや、お嬢ちゃん。どうしたのかね。」
「あ、あぁ・・・。」
さくらは、枝の先のサキのさきまで震わせて、泣きました。
泣いて、鳴いて、啼いて。 その声は、根っこの底から、幹じゅうに広がり、細い枝先まで伝わって、 その身を熱くさせました。
いつか、泣き声がやんだ時、どこからともなくyamakaseが現れ、
暖かな、春の風を送ってくれました。 ああ・・・。 春だね。